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7話 消えた令嬢

last update publish date: 2026-06-10 06:38:20

高橋翔太と瑛理香は元々、繋がっていて……一ノ瀬家の家名が欲しかった高橋翔太と、一ノ瀬家の令嬢という地位を自分だけのものにしたかった瑛理香が手を組んでいた……。

高橋翔太と一ノ瀬瑛理香は笑いながら、私の墓石を足蹴にして、去って行く。しとしとと降る雨の中、私はまだ衝撃に体を動かせないでいた。

不意に私は笑い出す。

「フフ……」

そう言う事だったのね……箒を握る手に力が入り、指の節が白くなる。

私がどうしてあの夜の記憶を失くしたのか……それはあの二人が結託して私を嵌めたからだ。宿敵である九条征哉という男をも巻き込み、私に言い逃れが出来ないように写真を撮り……そして私のお腹の中に宿った子供でさえも、奪い……私をこの世から追い出した……!

そしてお父様は最初から全てを知っていた……!

そう……そうなのね……お父様もあの女たちとグルだったのね……。

私が唯一信じていたお父様……最初から私を騙していたんだ……。

三カ月だと言っていたあの言葉も……全て嘘だった……そして私のお腹の中の命まで……!

怒りが沸々と湧き上がって来て、叫び出したくなるのを堪える。身が捩れる程の怒り……今まで経験した事が無い程の……! 怒りで体が震える。

かつてお嬢様だった私のお母様は、何も持っていなかったお父様の為に、多額の持参金を持って、実家を出て、その多額の持参金をお父様に全て捧げたと聞いた。お母様にとってはそれが愛の形だったのだ。

けれどその結果は?

お母様がお父様と共に歩み、築いてきたものは、華瑛と瑛理香という女二人に踏み荒らされ、今はもう面影さえ無い。

そして ――

一ノ瀬家の正当な後継者である筈の私は、そんな女二人に人生を奪われ、壊された。私が心を許し、愛した恋人さえも奪い、そのお腹にその人の命まで宿して。

(あぁ、お母様……)

私は天を仰ぎ見る。膝の力が抜け、崩れるように泥の上に膝を付く。

(お母様……あなたが全てを賭して、愛した男は……こんなにも非情で無情な選択を……)

(あなたが何よりも大事だと言った私を、こうして地の底に落として、嘲笑っている……)

許せない。こんな事、あってはならない事だ。後悔なんて生温い言葉で終わらせてはいけない。

不意に周囲を包む雰囲気がガラッと変わる。その重たい雰囲気に私は思わず顔を上げる。私が埋葬されている場所へ、何人もの黒いスーツの一団が向かって来る。

(彼らは誰なの……)

お父様が差し向けた人たちなのか、それとも華瑛さんが何かを嗅ぎ付け、何かをしに来たのか。

頭上から氷水を被せられたように、恐怖が襲って来る。私は慌ててしゃがみ込み、すぐ傍にあった誰かの墓石の影に隠れる。息を殺し、黒いスーツの集団が私の傍を通り過ぎるのを待った。

その真ん中にいた人物は――

九条征哉、その人だった。

(九条征哉……? 何故、彼がここに……?)

黒いスーツの一団は九条征哉を囲むように歩き、真っ直ぐに私の墓へと歩いて行く。九条征哉は私の墓の前まで来ると、膝を付き、私の墓に真っ白な百合の花束を供える。しばらく手を合わせた後、立ち上がった九条征哉は墓石を凝視している。その拳を強く握りしめて。

不意に私の耳に聞こえる及川の声。耳に付けているイヤフォンからだ。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

そう聞こえて来て私は我に返る。

立ち去らなければならない。

ここであの九条征哉に見つかる訳にはいかないのだから。

そう思った私はその一団を尻目に歩き出す。静かに、だけど素早く。

何故かは分からない、けれど私は自分の墓石の方をもう一度見た。

その時、一瞬だけ、九条征哉が顔を上げる。

◇◇◇

お嬢様が葬儀からお戻りになった。

「雨で冷えたからシャワーを浴びるわ」

そう言い残して、バスルームに入って行った。

恐らくお嬢様は今日の葬儀で全ての事を知ってしまったんだろう。打ちのめされ、絶望を味わっている事だろう。私にはそれがどれ程のものなのか、想像も出来ない。

しかし、今はそれどころでは無い。

浴室のドアを閉める直前、お嬢様は私に振り返り聞いた。

「及川、あなたはどうして私の助けるの? たとえお母様があなたに恩があっても、命を懸けてまで私を救い出す必要は無かったでしょう?」

私はそう言われ、呆気に取られ、お嬢様を見つめ返した。お嬢様の瞳は私が思っていたものとは違っていた。お嬢様の瞳は酷く輝いていたのだ。私はそんなお嬢様に気圧されながら言う。

「申し訳ありませんが、お嬢様。私にはそれ以外の事は申し上げられません」

お嬢様は私を見つめたまま、何も言わなかった。

お嬢様がバスルームに入るのを見届け、私はその夜、出発する予定を立てていた飛行機のチケットの確認や、荷物の確認をしていた。

私の使命は香織様の大事な宝物である美緒様を、無事に海外へ逃がす事。

やっとそれが叶えられるところにまで来ている。

どれぐらい時間が経っただろうか。シャワーを浴びるにしては長過ぎる。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

もしかしたらお倒れになっているかもしれない。そう思い、私はドアを開けようと試みたけれど、ロックが掛かっていてドアが開かない。もしお倒れになっていたら……そう思うとゾッとする。

焦った私はドアに体当たりする。開け放たれたドアから見えた光景を私は生涯、忘れないだろう。

そこにお嬢様の姿はなく、バスルームの窓から小雨と共に風が入り込んで、カーテンを揺らしていた。

私は膝から崩れ落ちる。

お嬢様が消えた……。やっと使命を果たせると、そう思っていたのに。

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